―スピンオフ― 変わらぬ愛情・優しい心『黒柳リュウジ✗芽衣子編』黒柳リュウジと芽衣子編です。時系列は、大樹と美羽がまだ入籍前のお話です。*1芽衣子side「リュウジ、別れよう」いつも通り家に遊びに来ていた私の恋人である黒柳リュウジは、ソファーでクッションを抱えてテレビを見ていた。彼は大人気アイドルのCOLORのメンバーだ。私は彼らが所属する事務所で事務員として働いている普通のOL。黒髪でとても綺麗な二重と筋の通った鼻筋に薄い唇。中性的な容姿のリュウジは、女の私なんかよりもずっと美しい。くつろいでいる彼を黙って見ているのが好きだけど、今日こそは伝えようと決めていた。そして今、勇気を出して別れを告げたのだ。リュウジは不思議そうな表情で私に視線を向ける。「なんで?」ポツリとつぶやかれる。私はテレビを消してカーペットに座った。「テレビ……見てたんだけど……」「大事な話をしてるの。真面目に聞いて?」私とリュウジの歳の差は三歳。私が上だ。正直言うと誕生日が来たら三十四歳の私は結婚がしたい。親にだって急かされているが、リュウジは人に付き合っていることを誰にも言うなと厳しく言っていた。だから今まで誰にも言っていなかったんだけど、どうしても胸が苦しくなってパートとして来てくれている美羽さんにこっそり打ち明けたのだ。彼女はCOLORのメンバーの一人とお付き合いしていて婚約もしている。今日は事務所に所属しているタレントや、働いているスタッフが集まって飲み会が開かれて、そこで紫藤さんは美羽さんを自分の婚約者だと堂々と紹介していた。同じCOLORのメンバーと付き合っているのに、どうしてここまで差があるのだろう。リュウジの愛が本気じゃないからなのではないか。そもそも、トップスターが事務員である私なんかのことを本気で愛するわけがないのかもしれない。セフレのような存在なのか。もう我慢ができなくなって私はついつい別れの言葉を口にしたのだ。「私、リュウジを裏切ったの」「へぇー……。どんなふうに?」アイスティーをコクっと飲んで、ソファーに深く腰をかけるリュウジは動揺する感じでもなく冷静に質問してくる。リュウジの感情はいつも一定。「付き合っていること、人に言った」「…………ふーん」さすがに怒るかなと思って顔を見ているけれど表情が全然
「芽衣子……意味わからない。はっきり言ってくれないと俺はわからないタイプだから」ふぅーと溜息をつかれた。「わからないのは、リュウジでしょ? 五年も付き合って放置って……ありえない」立ち上がってイライラを落ち着かせる。「放置って? いつも一緒にいるじゃん。会える時にはこうして会いに来てるし」男はそれでいいかもしれないけど、女は出産することを考えると、うかうかしていられない。はっきり言わないとわからないと言うなら言わせてもらおう。私は自分の気持ちを落ち着かせてから口を開いた。「私はね、結婚したいの」「…………」リュウジは私の言葉を咀嚼しているかのような表情だ。ストレートに言ったのに通じていないのだろうか。「だから、結婚がしたいの!」ちょっと強めな口調で言ってしまった。リュウジは表情を変えないで私を見つめる。私がこんなにも感情をあらわにして思いを告げたというのに、それでも表情が変わらない姿を見てさらにイライラしてしまった。「今は無理でしょ」「……」「大樹に続いて、俺が結婚となればCOLORを続けていくのは難しいし……。いろいろタイミングってあるんだよ。芽衣子は頭がいいんだからそれぐらいわかるでしょ」自分のことしか考えてないような言葉に、心の奥から傷ついた。「そう」マッサージチェアーに力なく座った私は、額に手をあててイラつきを落ち着かせるように溜息を吐いた。そんなことわかるけど、もっと心を配った言い方はないのだろうか。やっぱり私のことなんて愛していないのかもしれない。もう……リュウジの顔なんて見たくない。「私、もう三十四歳なんだよ」「それってさ、俺と結婚したいんじゃなくて、結婚できれば誰でもいいんじゃない?」冷ややかな視線を向けてくる。どうして、私が責められなきゃいけないの?信じられない。結婚したいからって誰でもいいわけじゃないのに。「そんな……」「芽衣子、最低」リュウジはクッションに顔を埋めた。そもそも、年下と付き合うなんて向いていなかったのかもしれない。リュウジはただ単に甘えん坊で、年上の女だったら誰でもよかったのではないかな。「リュウジは将来を何も考えてないんだね」「……たとえば?」「女にはタイムリミットがあるの。……私はリュウジの赤ちゃんがほしい。それにずっとずっと添い遂げたかった。結婚しな
「芽衣子、イライラしてるみたいだから……帰るね」すっと立ち上がったリュウジを睨んだ。話し合う気もないのだろうか。私は真剣に言っているのに……。「もう、来ないで」「…………なんで?」「リュウジのマイペースな性格に付き合いきれない。私は、あなたとじゃなくて、言われた通り結婚したいだけなのかもしれない。……だから、婚活する」「…………ふーん。じゃあね」バッグを持ったリュウジが玄関に向かって歩き出す。立ち上がった私は「待って」と声をかける。「合鍵、返して」リュウジの背中に向かって手のひらを広げる。振り返ったリュウジは眉間に皺を寄せた。バッグに手を入れてキーケースを出す。「今は……大樹を祝福する時だと思わない?」「祝福してるわよ。あの二人が不幸になれなんて言ってない」合鍵を手のひらに置かれた。ひどく冷たい気がする。その鍵を見てリュウジを引き止めたくなった。ずっと側にいたい。けれど、リュウジには結婚願望がないのだ。「芽衣子、イライラすると呑み過ぎるから気をつけてね。おやすみ」いつものように頭をポンポンポンと三回叩く。「今まで、ありがとう」せめて最後は感謝の気持ちでサヨナラをしたいと思い、言葉を投げた。リュウジは眉毛を下げて困ったような表情を見せて家を出て行った。ドアが閉まった途端、私の瞳からは涙がこぼれ落ちた。自分で選んだ道なのだ。後悔してなんか、ない。これ以上一緒にいると苦しくて耐えられないだろ。私は、リュウジと過ごした五年間をリセットできるのだろうか……。
朝になった。ほとんど眠れないまま目が覚めた。すごく体が重たい気がする。顔も浮腫んでいるに違いない。リュウジには泣かされてばかりだったな……。ブーブーと携帯が震えた。『おはよう、芽衣子』毎朝日課になっているリュウジからメッセージが届いた。彼は、別れようって言ったのに理解しているのだろうか。『別れたんだから、メールしないで』乱暴に携帯をベッドに置いた。こうやって五年間、リュウジに振り回されてきたのだ。体を許してしまった私が悪かった。考えてみれば、しっかりとした交際スタートの言葉もなかったし。「はぁ……」もう、振り回されたくない。出勤準備をしなきゃ。立ち上がってバスルームへ向かった。
*リュウジの連絡先を拒否設定してからはじめての週末。友達に合コンを設定してもらった。もちろん、リュウジと付き合っていたことは友人には言っていない。知っているのは、美羽さんだけだ。いろいろ聞かれるのも嫌だったし私とリュウジは恋人関係だったのかと問われれば自信が持てない。ただ、体の関係だけだった二人なのかもね。いつもよりしっかりと化粧をする。鏡に写る自分を見て気がつけば歳を取っていたなーって思った。こんな老いてくるまで結婚しない私を両親は心配しているに違いない。あえて何も言ってこないけれど本当は気にしているだろうな。早く安心させてあげたいのに……ごめんね。過去ばかり悔やんでも仕方がない。前を向いていかなければ、いいことには出会えない気がする。
「芽衣子が合コン設定しろなんて、珍しいね」友人の広江と少し早めに落ち合ってお茶をしていた。奇しくも店内にはCOLORの音楽が流れている。「婚活しなきゃって思ったの。このまま一人っていうのも寂しいしね」「そっか。そうだよね。だんだんと年齢を重ねると相手すらしてもらえなくなるもんね」目の前に座っている広江もバリバリ仕事をしているOLだ。かなりの美貌のため今までは遊ぶことに命をかけていたらしい。そのために、握手をするだけでその人がどんなセックスをするかわかってしまうのだとか。ある意味特殊能力だと思う。「私も落ち着かなきゃって思うけど、心から好きだと思えた人がいなくてね」――心から好き。私はリュウジのことが心から好きだった。テレビで見せる表情とは違って、私といると安心した表情を見せてくれた。一緒に眠って目が覚めた時は、いつも私の体に触れていて絶対に離してくれなかった。「芽衣子」っていつも甘えられたけれど、私が落ち込んだ時はしっかりと抱きしめてくれて背中を擦ってくれた。お互いに必要な存在だと思っていたのに……。「今日の相手は弁護士さんだから、絶対ゲットしてよね」「あ、うん……。ありがとう」「COLORっていい曲歌うよね」店内の音楽に耳を傾けて軽くリズムを取っている。「芽衣子の会社ってCOLORも所属してるんだよね? 会ったこととかあるの?」「まあ、一応ね……事務所には来るから」なるべく避けたい話なのに、COLORが有名すぎて避けて通れない。「いいなぁ」「でも私は普通の事務員だしそんなに関わることはないかな」「へぇ」
時間になり合コンの場所へと向かった。そこには椅子席の個室に男女が三人ずつ集まっていた。和食が並び料理はとても美味しいが、合コンなんて慣れていないから緊張してしまう。私の隣に座ったのは、同じ年の男性で印象のいい人。弁護士ってお固いイメージがあったけれど、くだけて楽しそうに呑んでいた。「へぇー芸能関係の事務員なんだ? 芸能人に誘われたりしないの?」「まさか。綺麗なタレントさんや女優さんがいっぱいいるので、私なんて相手にされませんよ」実際にあまり声をかけてもらったことはない。そう考えると、リュウジは特別だったのかな。「芽衣子さん、綺麗ですよ。普段、合コンなんて来ないのですが。今日は芽衣子さんに出会えたから参加できてラッキーだった」「ありがとうございます」仕事も安定しているし素敵な人だし、人当たりもいい。きっとこういう人なら両親も安心してくれるだろうな。「連絡先、交換していただけませんか?」「はい」「今度は二人でデートしましょう」「……あはは」一気に距離を縮められるとまだ抵抗がある。男イコールリュウジだったから。彼はそんなにグイグイくるタイプじゃなかった。今まで植え付けられたものはなかなか拭えない。「イタリアンで美味しいところ知ってるんですよ」「素敵ですね」もしも、リュウジとイタリアンに行ったらどれほど楽しいのだろうか。いちいち思い出してしまう自分に嫌気がさす。合コンを終えて家に帰ると彼からメールが届いた。『本当に楽しかったです。また、会いたい』でも、まったくときめかない。はじめからときめくような恋なんてないかもしれないけど、それ以前の問題だと思う。リュウジを忘れるために婚活をしているから……ダメなんだ。
日曜日には、結婚相談所へも行った。一人で行くのは勇気が必要だったけれど、何もしないで家にいるのは辛かった。「理想とする結婚はどんな感じですか?」個室に案内されて、落ち着いた話しやすい雰囲気の女性と話をする。美味しい紅茶を出してくれてのんびりとできる空気が流れていた。「……そうですね。真面目な方であれば。あとは子供が欲しい方がいいですね」「お子さんが好きなんですね」「ええ……」「本日登録されなくても大丈夫ですからね。もしも、誰かと出会いたいと思うのであればまたお越しくださいね」「はい」お見送りされて外に出ると日が暮れhじめていた。テレビを見ればCOLORが出ているし、街を歩けばポスターがある。自分とリュウジがいかに不釣り合いだったか思い知らされたような気がした。一人でゆっくりと歩く。リュウジに会いたい。会って手を繋いで動画を観たい。二人でお風呂に入って、髪の毛を乾かしてあげたい。彼と一緒にいたい。その延長線上に結婚を求めてはイケないのだろうか。
「俺たちはさ、自分のやりたい道を見つけて、それぞれ進んでいけるかもしれないけど、今まで応援してくれた人たちはどんな気持ちになると思う?」どうしてもそこだけは避けてはいけない道のような気がして、俺は素直に自分の言葉を口にした。光の差してきた事務所にまた重い空気が流れていく。でも大事なことなので言わなければならない。苦しいけれど、ここは乗り越えて行かなければいけない壁なのだ。.「悲しむに決まってるよ。いつも俺たちの衣装を真似して作ってきてくれるファンとか、丁寧にレポートを書いて送ってくれる人とか。そういう人たちに支えられてきたんだよね」黒柳が切なそうな声で言った。でもその声の中には感謝の気持ちも感じられる。デビューしてから今日までの楽しかったことや嬉しかったこと辛かったことや苦しかったことを思い出す。毎日必死で生きてきたのであっという間に時が流れたような気がした。「感謝の気持を込めて……盛大に解散ライブをやるしかないんじゃないか?」赤坂が告げると、そこにいる全員が同じ気持ちになったようだった。部屋の空気が引き締まったように思える。「本当は全国各地回って挨拶をさせてあげたいんだけど、今あなたたちはなるべく早く解散を望んでいるわよね。それなら大きな会場でやるしかない。会場に来れない人たちのためには配信もしてあげるべきね」「そうだね」社長が言うと黒柳は返事してぼんやりと宙に視線を送る。いろんなことを想像している時、彼はこういう表情を浮かべるのだ。「今までの集大成を見せようぜ」「おう」赤坂が言い俺が返事をした。黒柳もうなずいている。「じゃあ……十二月三十一日を持って解散する方向で進んでいきましょう。まずはファンクラブに向けて今月中にメッセージをして、会場を抑えてライブの予告もする。その後にメディアにお知らせをする。おそらくオファーがたくさん来ると思うからなるべくスケジュールを合わせて、今までの感謝の気持ちで出演してきましょう」社長がテキパキと口にするが、きっと彼女の心の中にもいろんな感情が渦巻いているに違いない。育ての親としてたちを見送るような気持ちだろう。それから俺たちは解散ライブに向けてどんなことをするべきか、前向きに話し合いが行われた。
「じゃあ、まず成人」 赤坂は、名前を呼ばれると一瞬考え込んだような表情をしたが、すぐに口を開いた。 「……俺は、作詞作曲……やりたい」 「そう。いいわね。元COLORプロデュースのアイドルなんて作ったら世の中の人が喜んでくれるかもしれないわ」 社長は優しい顔をして聞いていた。 「リュウジは?」 社長に言われてぼんやりと天井を見上げた。しばらく逡巡してからのんびりとした口調で言う。 「まだ具体的にイメージできてないけど、テレビで話をするとか好きだからそういう仕そういう仕事ができたら」 「いいじゃないかしら」 最後に全員の視線がこちらを向いた。 「大は?」 みんなの話を聞いて俺にできることは何なんだろうと考えていた。音楽も好きだけど興味があることといえば演技の世界だ。 「俳優……かな」 「今のあなたにピッタリね。新しい仕事も決まったと聞いたわよ」 「どんな仕事?」 赤坂が興味ある気に質問してきた。 「映画監督兼俳優の仕事。しかも、新人の俳優を起用するようで、面接もやってほしいと言われたみたいなのよ」 社長が質問に答えると、赤坂は感心したように頷く。 「たしかに、いいと思うな。ぴったりな仕事だ」 「あなたたちも将来が見えてきたわね。私としては事務所に引き続き残ってもらって一緒に仕事をしたいと思っているわ」 これからの自分たちのことを社長は真剣に考えてくれていると伝わってきた。 ずっと過去から彼女は俺らのことを思ってくれている。 芸能生活を長く続けてやっと感謝することができたのだ。 今こうして仕事を続けていなかったら俺は愛する人を守れなかったかもしれない。でも美羽には過去に嫌な思いをさせてしまった。紆余曲折あったけれどこれからの未来は幸せいっぱいに過ごしていきたいと決意している。 でも俺たちが解散してしまったらファンはどんな思いをするのだろう。そこの部分が引っかかって前向きに決断できないのだ。
それは覚悟していたことだけど、実際に言葉にされると本当にいいのかと迷ってしまう。たとえ俺たちが全員結婚してしまったとしても、音楽やパフォーマンスを楽しみにしてくれているファンもいるのではないか。解散してしまうと『これからも永遠に応援する』と言ってくれていた人たちのことを裏切るのではないかと胸の中にモヤモヤしたものが溜まってきた。「……そうかもしれないな。いずれ十分なパフォーマンスもできなくなってくるだろうし、それなら花があるうちに解散というのも一つの道かもしれない」赤坂が冷静な口調で言った。俺の意見を聞きたそうに全員の視線が注がれる。「俺たちが結婚してもパフォーマンスを楽しみにしてくれている人がいるんじゃないかって……裏切るような気持ちになった。でも今赤坂の話を聞いて、十分なパフォーマンスがいずれはできなくなるとも思って……」会議室がまた静まり返った。こんなにも重たい空気になってしまうなんて、辛い。まるでお葬式みたいだ。 解散の話になると無言が流れるだろうとは覚悟していたが、予想以上に嫌な空気だった。芸能人は夢を与える仕事だ。 十分なパフォーマンスができているうちに解散したほうが 記憶にいい状態のまま残っているかもしれない。 「解散してもみんなにはうちの事務所に行ってほしいって思うのは私の思いよ。できれば、これからも一緒に仕事をしていきたい。これからの時代を作る後輩たちも入ってくると思うけど育成を一緒に手伝ってほしいとも思ってるわ」社長の思いに胸が打たれた。「解散するとして、あなたたちは何をしたいのか? ビジョンは見える?」質問されて全員頭をひねらせていた。
そして、その夜。仕事が終わって夜になり、COLORは事務所に集められた。大澤社長と各マネージャーも参加している。「今日みんなに集まってもらったのは、これからのあなたたちの未来について話し合おうかと思って」社長が口を開くと部屋の空気が重たくなっていった。「大樹が結婚して事務所にはいろんな意見の連絡が来たわ。もちろん祝福してくれる人もたくさんいたけれど、一部のファンは大きな怒りを抱えている。アイドルというのはそういう仕事なの」黒柳は壁側に座ってぼんやりと窓を見ている。一応は話を聞いていなさそうにも見えるが彼はこういう性格なのだ。赤坂はいつになく余裕のない表情をしていた。「成人もリュウジも好きな人ができて結婚したいって私に伝えてきたの。だからねそろそろあなたたちの将来を真剣に話し合わなければならないと思って今日は集まってもらったわ」マネージャーたちは、黙って聞いている。俺が結婚も認めてもらったということは、いつかはグループの将来を真剣に考えなければならない時が来るとは覚悟していた。時の流れは早いもので、気がつけば今日のような日がやってきていたのだ。 「今までは結婚を反対して禁止していたけれど、もうそうもいかないわよね。あなたたちは十分大人になった」事務所として大澤社長は理解があるほうだと思う。過去に俺の交際を大反対したのはまだまだ子供だったからだろう。どの道を進んでいけばいいのか。考えるけれど考えがまとまらなかった。しばらく俺たちは無言のままその場にいた。時計の針の音だけが静かに部屋の中に響いていた。「俺は解散するしかないと思ってる……」黒柳がぽつりと言った。
今日は、COLORとしての仕事ではなく、それぞれの現場で仕事をする日だ。 その車の中で池村マネージャーが俺に話しかけてきた。「実は映画監督をしてみないかって依頼があるのですが、どうですか? 興味はありますか?」今までに引き受けたことのない新しい仕事だった。「え? 俺にそんなオファーが来てるの?」驚いて 思わず 変な声が出てしまう。演技は数年前から少しずつ始めてい、てミュージカルに参加させてもらったことをきっかけに演技の仕事も楽しいと思うようになっていたのだ。まさか 映画監督のオファーをもらえるとは想像もしていなかった。「はい。プロモーションビデオの表情がすごくよかったと高く評価してくれたようですよ。ミュージカルも見てこの人には才能があると思ったと言ってくれました。ぜひ、お願いしたいとのことなんです。監督もしながら俳優もやるっていう感じで、かなり大変だと思うんですが……。内容は学園もので青春ミステリーみたいな感じなんですって。新人俳優のオーディションもやるそうで、そこにも審査員として参加してほしいと言われていますよ」タブレットで資料を見せられた。企画書に目を通すと難しそうだけど新たなのチャレンジをしてみたりと心が動かされたのだ。「やってみたい」「では早速仕事を受けておきます」池村マネージャーは早速メールで返事を書いているようだ。新しいことにチャレンジできるということはとてもありがたい。芸能関係の仕事をしていて次から次とやることを与えてもらえるのは当たり前じゃない。心から感謝したいと思った。
大樹side愛する人との平凡な毎日は、あまりにも最高すぎて、夢ではないかと思ってしまう。先日は、美羽との結婚パーティーをやっと開くことができた。美羽のウエディングドレス姿を見た時、本物の天使かと思った。美しくて柔らかい雰囲気で世界一美しい自分の妻だった。同時にこれからも彼女のことを命をかけて守っていかなければならないと感じている。紆余曲折あった俺たちだが、こうして幸せな日々を過ごせるのは心から感謝しなければならない。当たり前じゃないのだから。お腹にいる子供も順調に育っている。六月には生まれてくる予定だ。昨晩は性別もわかり、いよいよ父親になるのだなと覚悟が決まってきた気がする。女の子だった。はなの妹がこの世の中に誕生してくるのだ。子供の誕生は嬉しいが、どうしても生まれてくることができなかったはなへは、申し訳ない気持ちになる。母子共に健康で無事に生まれてくるように『はな』に手を合わせて祈った。手を合わせて振り返ると隣で一緒に手を合わせていた美羽と目が合う。「今日も忙しいの?」「うん。ちょっと遅くなってしまうかもしれないから無理しないで眠っていていいから」美羽は少し寂しそうな表情を浮かべた。「大くんに会いたいから起きていたいけど、お腹の子供に無理をかけたくないから、もしかしたら寝ているかもしれない」「あぁ。大事にして」俺は美羽のお腹を優しく撫でた。「じゃあ行ってくるから」「行ってらっしゃい」玄関先で甘いキスをした。結婚して妊娠しているというのにキスをするたびに彼女はいまだに恥ずかしそうな表情を浮かべるのだ。いつまでピュアなままなのだろうか。そんな美羽を愛おしく思って仕事に行きたくなくなってしまうが、彼女と子供のためにも一生懸命働いてこよう。「今度こそ行ってくるね」「気をつけて」外に出てマンションに行くと、迎えの車が来ていた。
少し眠くなってきたところで、玄関のドアが開く音が聞こえた。立ち上がって迎えに行こうとするがお腹が大きくなってきているので、動きがゆっくりだ。よいしょ、よいしょと歩いていると、ドアが開く。大くんがドアの前で待機していた私は見てすごくうれしそうにピカピカの笑顔を向けてきた。 そして近づいてきて私のことを抱きしめた。「美羽、ただいま。先に寝ていてもよかったんだよ」「ううん。大くんに会いたかったの」素直に気持ちを伝えると頭を撫でてくれた。私のことを優しく抱きしめてくれる。そして、お供えコーナーで手を合わせてから、私は台所に行った。「夕食、食べる?」「あまり食欲ないんだ。作ってくれたのなら朝に食べようかな」やはり夜遅くなると体重に気をつけているようであまり食べない。この時間にケーキを出すのはどうかと思ったけれど、早く伝えたくて出すことにした。「あ、あのね……これ」冷蔵庫からケーキを出す。「ケーキ作ったの?」「うん……。赤ちゃんの性別がわかったから……」こんな夜中にやることじゃないかもしれないけど、これから生まれてくる子供のための思い出を作りたくてついつい作ってしまったのだ。迷惑だと思われてないか心配だったけど、大くんの顔を見るとにっこりと笑ってくれている。「そっか。ありがとう」嫌な表情を全くしないので安心した。ケーキをテーブルに置くと私は説明を始める。ケーキの上にパイナップルとイチゴを盛り付けてあった。「この中にフルーツが入ってるの。ケーキを切って中がパイナップルだったら男の子。イチゴだったら女の子。切ってみて」ナイフを手渡す。「わかった。ドキドキするね」そう言って彼はおそるおそる入刀する。すると中から出てきたのは……「イチゴだ!」「うん!」お腹の中にいる赤ちゃんの性別は女の子だったのだ。「楽しみだね。きっと可愛い子供が生まれてくるんだろうな」真夜中だというのに今日は特別だと言ってケーキを食べる。私と彼はこれから生まれてくる赤ちゃんの話でかなり盛り上がった。その後、ソファーに並んで座り、大きくなってきたお腹を撫でてくれる。「大きくなってきた」「うん!」「元気に生まれてくるんだぞ」優しい声でお腹に話しかけていた。その横顔を見るだけで私は幸せな気持ちになる。はなを妊娠した時、こんな幸福な時間がやってくると
美羽side結婚パーティーを無事に終えることができ、私は心から安心していた。 私と大くんが夫婦になったということをたくさんの人が祝ってくれたのが、嬉しくて ありがたくてたまらなかった。 しかし私が大くんと結婚したことで、傷ついてしまったファンがいるのも事実だ。 アイドルとしては、芸能生活を続けていくのはかなり厳しいだろう。 覚悟はしていたのに本当に私がそばにいていいのかと悩んでしまう時もある。 そんな時は大きくなってきたお腹を撫でて、私と大くんが選んだ道は間違っていないと思うようにしていた。自分で自分を肯定しなければ気持ちがおかしくなってしまいそうになる。 あまり落ち込まないようにしよう。 大くんは、仕事が立て込んでいて帰ってくるのが遅いみたい。 食事は、軽めのものを用意しておいた。 入浴も終えてソファーで休んでいたが時計は二十三時。 いつも帰りが遅いので平気。 私と大くんは再会するまでの間、会えていない期間があった。 これに比べると今は必ず帰ってくるので、幸せな状況だと感で胸がいっぱいだ。 今日は産婦人科に行ってきて赤ちゃんの性別がはっきりわかったので、伝えようと思っている。手作りのケーキを作ってフルーツの中身で伝えるというささやかなイベントをしようと思った。でも仕事で疲れているところにそんなことをしたら迷惑かな。 でも大事なことなので特別な時間にしたい。
「そんな簡単な問題じゃないと思う。もっと冷静になって考えなさい」強い口調で言われたので思わず大澤社長を睨んでしまう。すると大澤社長は呆れたように大きなため息をついた。「あなたの気の強さはわかるけど、落ち着いて考えないといけないのよ。大人なんだからね」「ああ、わかってる」「芸能人だから考えがずれているって思われたら、困るでしょう」本当に困った子というような感じでアルコールを流し込んでいる。社長にとっては俺たちはずっと子供のような存在なのかもしれない。大事に思ってくれているからこそ厳しい言葉をかけてくれているのだろう。「……メンバーで話し合いをしたいと思う。その上でどうするか決めていきたい」大澤社長は俺の真剣な言葉を聞いてじっと瞳を見つめてくる。「わかったわ。メンバーで話し合いをするまでに自分がこれからどうしていきたいか、自分に何ができるのかを考えてきなさい」「……ありがとうございます」俺はペコッと頭を下げた。「解散するにしても、ファンの皆さんが納得する形にしなければいけないのよ。ファンのおかげであなたたちはご飯を食べてこられたのだから。感謝を忘れてはいけないの」大澤社長の言葉が身にしみていた。彼女の言う通りだ。ファンがいたからこそ俺たちは成長しこうして食べていくことができた。音楽を聞いてくれている人たちに元気を届けたいと思いながら過ごしていたけれど、逆に俺たちが勇気や希望をもらえたりしてありがたい存在だった。そのファンたちを怒らせてしまう結果になるかもしれない。それでも俺は自分の人生を愛する人と過ごしていきたいと考えた。俺達COLORは、変わる時なのかもしれない……。